2003年と2005年、私はテニスの四大大会の一つである全豪オープンにオフィシャルストリンガーとして参加しました。下記の身分証は、その証明です。

大学時代、硬式テニス部に所属していた私は、ふとした事からテニスの四大大会でラケットにストリングを張る日本人がいる事を知りました。テニスの実力が大した事のない私は、裏方であるストリンガーという道に興味を惹かれました。そしていつか、テニスの四大大会で働いてみたいという思いを持つようになりました。
当時の私は、多数のテニスショップを訪れ、ラケットにストリングを張ってもらい、どの様にストリンギングを行えばよいのかを自分なりに研究していました。そして、ありがたい事に、近隣にあるプロストリンガーのお店でストリンギングを習う機会を得ました。
大学を卒業する頃にはそれなりにストリンギングを行う事が可能でした。とはいえ、四大大会でストリンギングを行うあてはありません。色々な人に話を聞き、あるストリンガーからオーストラリアなら何とかなるかもしれないという情報を得ました。そこで私は、ワーキングホリデー制度を利用して、オーストラリアへ行く事にしました。
とりあえずオーストラリアに行ったものの、どうすれば全豪オープンで働けるのか全くあてはありません。そこで、まずはオーストラリアテニス協会に電話をかけました。英語での電話は大変です。なぜなら、身振り手振りが使えないからです。相手の言った事の8割は分かりません。何度も聞き直し、どうやら”Reynolds Racquets Service”というお店が全豪オープンでのオフィシャル・ストリンガーを務めている事を知りました。
今度は Reynolds Racquets Service に電話をしました・・。とはいえ、やはりオーストラリア人の話す英語を聞き取る事は困難です。オーストラリア人の話す英語は、オージー・イングリッシュとも呼ばれ、独特のなまりがあります。電話での会話は不十分であり、会いに行くとだけ伝えました。
Reynolds Racquets Serviceはメルボルンの郊外Box Hillにあります。ショップのオーナーはBruce Reynolds、下記の写真の右側の人です。

全豪オープンにストリンガーとして参加したい事と伝えると、「じゃあラケットを一本張ってみて(そんな感じ)」と言われ、手持ちのラケットにストリンギングを行いました。するとBruceは、「まあ、良いんじゃない。私のお店ではたくさんのラケットを張るから、大会までしばらくうちのお店で働いてみないか(そんな感じ)」と言いました。
日本と異なり、その当時のオーストラリアではストリングが張られた状態で多くのラケットが販売されていました。Reynolds Racquets ServiceはテニスラケットメーカーのWilsonから新製品にストリンギングを行う業務を委託されていたため、幸運にも私はそこで働く機会を得ました。
全豪オープンが始まると、私はストリンギングだけでなく、裏方として様々な仕事を行います。張り上げられたラケットのストリング面に、選手がスポンサー契約をしているメーカーのロゴをペイントする事もその一つです。
大会期間中は、約100本位のラケットにストリンギングを行いました。幸運にも私は、ビーナス・ウィリアムズやフェルナンド・ベルダスコなど、多くのトップ選手のストリンギングを行う機会を得ました。とはいえ、一番思い出に残っている事は、私の憧れであるロジャー・フェデラーのラケットにWilsonのロゴをペイントした事でしょうか・・。

後にブルースから聞いた話ですが、この当時私が参加した全豪オープンには、他にも多くのストリンガーから参加したいとのオファーがあったそうです。しかし、他の全ては断ったそうです。なぜなら、Eメールでの参加依頼だったからです。
全豪オープンにおけるストリンギングの方法と、今の私が行うストリンギングの方法は異なります。しかし、異文化に触れ、世界最高峰の大会の一つに参加できた思い出は、今も私の心の中に大切に残っています。

なお、Reynolds Racquets Serviceは、全豪オープンが芝生のコートで開催されていた1979年から、リバウンドエースと呼ばれる緑色のハードコートで開催されていた2007年まで、約30年にわたり全豪オープンのオフィシャル・ストリンガーを務めました。